踏青

comme un rayon de soleil

2021.12.09

秋日狂乱

 

僕にはもはや何もないのだ

僕は空手空拳だ

おまけにそれを嘆きもしない

僕はいよいよの無一物だ

 

それにしても今日は好いお天気で

さつきから沢山の飛行機が飛んでゐる

──欧羅巴は戦争を起すのか起さないのか

誰がそんなこと分るものか

 

今日はほんとに好いお天気で

空の青も涙にうるんでゐる

ポプラがヒラヒラヒラヒラしてゐて

子供等は先刻昇天した

 

もはや地上には日向ぼつこをしてゐる

月給取の妻君とデーデー屋さん以外にゐない

デーデー屋さんの叩く鼓の音が

明るい廃墟を唯独りで賛美し廻つてゐる

 

あゝ、誰か来て僕を助けて呉れ

デオゲネスの頃には小鳥くらい啼いたらうが

けふびは雀も啼いてはをらぬ

地上に落ちた物影でさへ、はや余りに淡い!

 

──さるにても田舎のお嬢さんは何処に去つたか

その紫の押花はもうにじまないのか

草の上には陽は照らぬのか

昇天の幻想だにもはやないのか?

 

僕は何を云つてゐるのか

如何なる錯乱に掠められてゐるのか

蝶々はどつちへとんでいつたか

今は春でなくて、秋であつたか

 

ではあゝ、濃いシロップでも飲まう

冷たくして、太いストローで飲まう

とろとろと、脇見もしないで飲まう

何にも、何にも、求めまい!……

 

大岡昇平編 『中原中也詩集』岩波文庫

p,197~

 

 

 

何にも求めることのない人生を送りたい!

中学生くらいのころ、中原のなかでこの詩を1番好きだと言っていたけど、そのころは上辺しか理解出来ていなくて、まあ今も変わらないのだけれども 今の気持ちにもっとも響いた詩です

まだ秋ということで、この散文のはしがきとして。穏やかな日々を送りたい。

 

今日読んだ本:『1Q84 Book1 前編』村上春樹